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事例紹介

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任意整理と譲渡所得税

以前、東京の会社で業績が悪化し、債務整理が問題となったケースがありました。会社再建には、金融機関からの借り入れについてリスケジュールをしてもらう必要があり、そのためには多額の債務の圧縮が必要でした。
また、金融機関からの借入金には、代表者の個人保証や物上保証が設定されていました。
そこで、代表者個人の不動産を処分し、処分代金を借入返済に充てることにしました。物上保証しているいくつかの不動産を売却し、返済に充てたのですが、処分代金から売却手数料を引いた金額が借金返済に充てられてしまい、手元に残る金額などなく、当然納税資金もありませんでした。
個人が不動産を譲渡した場合には、原則として不動産の譲渡所得に対し39%(所得税住民税合算、以下同じ。所有期間5年以下)もしくは20%(所有期間5年超)の税金が生じます。債務整理で不動産を譲渡した場合には、納税資金が確保できないケースが多く、そのため納税を免れるための税務上の特例を検討することになります。
まず、考えられるのが、保証債務の履行のための資産の譲渡です。保証債務の履行とは、保証人(物上保証を含む)が債務者に代わって借金を返済することです。税務上は、保証債務を履行するために土地建物などを売った場合には、所得がなかったものとする特例があります(所得税法64条、所得税法施行令180条)。

この特例を受けるには、次の三つの要件すべてに当てはまることが必要です。
ア 本来の債務者が既に債務を弁済できない状態であるときに、債務の保証をしたものでないこと
債務を弁済することができない状態で、債務保証をしても、それはもはや贈与行為であるため、
適用を受けられません。
イ 保証債務を履行するために土地建物などを売っていること
別の理由で譲渡した場合には特例は受けられません。
ウ 履行をした債務の全額又は一部の金額が、本来の債務者から回収できなくなったこと
保証人が保証債務を履行した場合には、保証人は本来の債務者に対して求償権を有します。
その求償権を行使して、回収できるのであれば、回収した額で納税すればよい話なので、特例はありません。

また、この回収できなくなったこととは、本来の債務者が資力を失っているなど、債務の弁済能力がないため、将来的にも回収できない場合をいいます。
例えば、本来の債務者が破産をしていたり、失踪をしているなどの場合がこれに当たります。
したがって、本来の債務者に弁済能力があるのに、債権の回収をしないときは、この特例は受けられません。

そこで、本件でも、保証債務の特例の適用を検討したところ、一部適用が受けられないものがありました。
保証債務の特例の適用が受けられないからといって、ない袖は振れないので、別の方法を考えなくてはなりません。そこで最後の手段として考えられるのが、所得税の非課税規定です。

所得税法9条には、資力を喪失した個人が、債務弁済が著しく困難であり、強制換価手続又はこれに類する事由により資産を譲渡した場合、譲渡所得は非課税となる、との規定があります(所得税法9条1項10号)。
債務弁済が著しく困難とは、債務者の債務超過の状態が著しく、その者の信用、才能等を活用しても、現にその債務の全部を返済するための資金を調達することができないのみならず、近い将来においても調達することができない場合をいうと解されています。また、強制換価手続とは、滞納処分や強制執行などを指します(国税通則法2条10号)。
本件では、任意整理であったので強制換価手続による譲渡ではありません。ただし、条文上も強制換価手続に類する事由であれば、非課税規定が適用されます。では、類する事由とは何でしょうか。これについては、強制換価手続の執行が避けられないと認められる場合における資産の譲渡(所得税法施行令26条)のことです。
本件においても、任意譲渡をしなかった場合には、強制換価がやむを得なかったであろう(少なくとも税務署にはそのように説明)し、さらに、納税者の資産・負債を全て調査の上、債務超過であり、近い将来も回復しない旨の説明資料を、根拠資料とともに分厚いファイルで税務署に提出し、結果として認められました。
所得税9条の非課税規定は、特例ではないので、特に申告する必要はありません(非課税なのである意味当然です)。しかし不動産を譲渡したにもかかわらず、申告をしないでいると、当然税務署からお尋ねなり、調査がきます。個人的には、調査の際、説明するよりも、先手を打って説明資料を添付し、非課税に該当する旨を申告(法律上の申告には当たらないと思われますが)した方が、より認められ易くなると考え、あえて説明資料を事前に提出しました。